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夏の終わりと光の感受

星空のカムパネルラよ薄命を祝う音盤(ディスク)のごと風は鳴る  春日井建『夢の法則』



 帰省と居候と、予定外にまた帰省をしていたら三週間が経っていて、京都に帰ってきたらもうつくつくぼうしも鳴かなくなっていた。夏の終わりは心許なくていやだなと思う。そもそも夏はそんなに好きではないのだけれど、そのくせ夏って終わってゆくのを一番体感しやすいからよくない。目映さがとことん過剰な季節なので、過剰なだけそれが失われるときに差分が大きくて、予想と実際の感受とにどうしてもずれが出てきて。それに、子どものときなんかと違って、このところは年毎に目映さの質が違うので、慣れるってことができないのかもしれない。
 暗順応、ということばを思い出す。夏の目映さの中だと、予め目をつむっておくのをなんとなく許されないのだ。季節の持つそういう健全さは面倒くさい、と感じてしまう。好みというかもう性分だと思う。ただ、目映さの目減りが割にくっきり見えてるってことは、じゃあ目映さのピークも高かったのかもしれない、今回の夏は、ここ数年に比べたら。そうだった、前の夏なんかは往々にして手のひらで目を覆っていたような気がしてきた。だってその種の健全さをどこかで拒みたい性分なので。
 性分にしろ、でもせっかく巡ってきた季節なので、目映さに身を置くこともまあいいかもと、今はすこし思える。天秤の、傾きすぎたこれまでの側とは、反対の側に、ちいさな重りをおけた感じ。あ、それを回復って言うのだろうか。ならそれもいい、もうしばらくは。



 だけどやっぱり昼日中はあまり好きではなくて、まあ、性分なので。


 
 東京で、夏のプラネタリウムを見てきた。
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