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いえ、鉄とか加工したいわけじゃなくてですね…

さっきケータイで変換しようとしたら、「夭折」が出てこなくて軽くショック。

前にブックオフで買った山田かまち「17歳のポケット」を、さっき何の気なしに取り出してぱらぱらめくっていました。
めくっていましたら、夭折って言葉が頭に浮かんで、なんとなく携帯に打ち込んで変換してみようという衝動がきてですね。

よ・う・せ・つ、えいっ…あれ?
ってなったのですよ。


こういうのってあまり健全じゃないんだろうけれど、夭折という言葉にはどこか惹かれます。

かまちも然りですが、この人、南条あや↓も。
http://nanjouaya.net/hogoshitsu/

一年くらい前、彼女に出会ってから、「卒業式まで死にません」の文庫本をお守りのように鞄に忍ばせ、時には枕元に置いたりして、いまやぼろぼろなわけです。


こう言うと語弊があるかもしれないけれど、夭折ってある意味「勝ち逃げ」ですよね。
若くして亡くなったからこそ、遺したものが広まり、評価される。
そういう側面がある。

もちろん、遺したもの自体の質がそもそも保証されていないといけない。
それから、後世(死後)に名前を残すことと、生き続けることとを天秤にかけるのは、
やはり筋違いなのでしょう。

それでも詩人のはしくれとして、一人の表現者として、かなり間違ってはいますが、心の隅で夭折の彼らに憧れのような感情を抱いてしまいます。


けれども、やっぱり。

生きていく意味だとか、そういう青くさいことに悩めるときに悩んで、悩んだままに死んでいってしまうのは、やっぱり惜しいよ。悔しいよ。

悩んで悩んで、からまわって、ぶつかって、転んで、また悩んで。
そんな繰り返しの中にいるのだけれど、その上で生きていくことが、
大事…っていうか、うん、大事なんじゃないかなぁ。

だからね、夭折の彼らの分も…なんていうのは差し出がましいけど、
まあとにかく悩んでも生きていこうよ、って思う梅雨の曇り空。
やっぱさ、生きててなんぼだよ。
うん、悩みながら生きていくよ。だからどうか、見ていてください。



なんか突発的に変なテンションで書いたので、語り口が少々、
なんて言うか、酔ってる?まあいいか。

またまた駄文を晒してしまった。
さてさて、洗濯物でも干そうかね。
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