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原稿用紙なんて大学受験の小論文対策以来だぜ

※おことわり。先にmixi日記に書いたもののコピペなので、文体がほどよくくだけています。


ダークサイド

今日LOFTでこんなシールを見つけたので、思わず買ってしまいました。
ケータイに貼りました。
僕をよく知っている人ほど、(ある意味)僕らしいチョイスだと思いませんか(笑)
「飲ますな危険」とかもありましたけどね☆


さて、本題です。

ものすごく気力をつかいましたとも。
400字詰め原稿用紙に一字一字、地道に書いていきました。
何をって?

日付が変わったので、もう明日が締め切り(消印有効)の、短歌研究新人賞↓。
http://www.tankakenkyu.co.jp/award/shinjinsyou.html

応募作の30首をさっき清書したのです。
誤字脱字がないか非常に不安なので、明日もう一度…いや、たぶん10回くらいかな、
チェックしてから郵送です。

メールで応募できれば楽なのになぁ…

とは言え、まあ手書きは手書きでなかなか味があるけどね。


ちょっと話が逸れるような気もするが、でも似たようなところでは、
iPodとかのMP3プレイヤーが普及してからというもの、
みんなアルバム単位で音楽を聴かなくなった気がします。
音楽はどんどん細切れにされて消費されている気がします。

アルバム「一枚」っていう、あのディスクの質感って、けっこう大事かも。

まあ僕もそうなんですけどね。
つい好きな曲ばっか選んで聴いちゃいますよ。
次の曲へのアクセスが簡単ですからね。


おそらくあと15年もしないでCDはなくなると思うけど、どう思います?
あ、少なくとも日本においては。
あるいはもっと早いかも知れない。


それは割と予測できるのだけれど、さて、活字はいつまで生き残るんでしょうね。
本がこの世からなくなるのはさすがに自分が死んだ後であってほしいな。
あの紙をめくるときの質感って、やっぱ捨てがたいですよ。

でも、生まれたときから紙メディアに触れなければそんなこと思うはずもないですしねー。

遅かれ早かれ活字文化は消えるでしょうね。


ああ、でもそんなポータブル化の流れに上手く乗って、
いつでもどこでもすぐに参照可能な短詩型文学の逆襲が始まったりとか、
してほしいと思うのは都合の良い考えかなぁ。
もしかしたら将来、小説と詩歌の立場が逆転したりしないですかねぇ。

それとも、そもそも文学全般に廃れていくのでしょうか。


ま、こんなこと考えていても仕方がないので、
現代を生きる一人としてこれからも短歌を詠み続けていく心づもりです。

あ、なんかちょっといいこと言ったかも。


関係ないけど雨音って聞いてると気持ちが凪ぐなぁー。
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水が産む水、魚になれない魚

ラパヌイの海の水


今そばに居るひとが好き水が産む水のようだわわたしたちって  東直子『青卵』



先日、『セレクション歌人 東直子集』を購入して、読んだのですが、
自分の琴線にもっとも強いちからで触れてきたのが、この歌でした。

うまく魅力を説明できないけど、すっごく好き。
なんだかわからないけど、妙に心にひっかかる。
僕の詩歌観では、そういう作品が理想です。
(それは読み手としてか、作り手としてか、両方か、と聞かれると、うーん、ですが)

人によって、「よくわかんないけど引かれる」ポイントってあると思うんですが、
上の歌で言うと僕の心に引っかかったポイントは、「水が産む水」のとこ、なような気がします。

ちょっと思い切って抽象化すると、「イメージの純化」に、僕は弱いみたいです。

上の歌を読んで、思い出したのが次の歌でした。
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