最近の記事

カテゴリー

月別アーカイヴ

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

リンク

RSSフィード

blogram

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[edit]

trackback --   comment --

PAGE TOP

万華鏡茄子

これの世に光は満ちて飯を食うあるときは父あるときは母  奥田亡羊



 両親はまだ子どもで、一つの体に住んでいる。意識とか人格とかは、きっかり二つに分かれているわけではないが、そのときどきでベストの配合になって表に出てくるらしい。振る舞いとか所作とかもそんな感じ。もともと母は魚がさばけず、父は生の鶏肉が気持ち悪くておぞましくて触れなかったのだけど、一人になってからはいいとこ取りですいすい調理できる。その代わり背は低くなってしまったので、よく兄とわたしも手伝いで台所に立つようになった。わたしたち兄妹もまだ子どもで、兄は18歳、わたしは今年16歳になる。兄は夏にバドミントン部を引退して暇になったので、毎日のように両親から料理を習っている。わたしはいまは絵を描くのに忙しいので、台所に立ってもまあ言われたことをやるくらいである。料理がうまくなったら食べる人に大して責任を負わなければならないよなあ、という理由により、この方面への向上心は持たないことにしている。
 今晩のメニューは麻婆茄子と麻婆豆腐だった。ホットプレートで第一弾・茄子、第二弾・豆腐の譜陣で挑んだ。第一弾が出来上がったところで食卓を囲み、取り分け、ちょっと食べ始め、なんとなく落ち着いたらそのまま第二弾の調理に取り掛かる。わたしは今日は味噌汁の玉ねぎ半玉とオクラ二つを切った。その後台所補佐を兄と代わった。兄は両親から茄子についての講義を受けながらたのしそうに下ごしらえをした。ホットプレート仕切り係も今日は兄である。夏至からしばらく経っているからそうぎらぎらしてはいないが、夕陽の色が今日も苛烈に鮮やかだ。茄子やピーマンの肌も油膜も、光をみなぎらせ反射している。わたしは自分の器を手の中で右に左にちょっとずつ回したり、傾けたりして、光の角度を変えてながらそれを見ていた。
 母と父が一人になったのは、一年前観覧車に乗ったときだった。もう夕方で、両親が観覧車に乗っている間、わたしは兄とおみやげを見ていた。二人ともモチーフがなんなのかよくわからない別々のキャラクタのキーホルダーをそれぞれ買った。待ち合わせの場所に行くと子どもの姿の両親がいた。観覧車のてっぺんあたりで夕陽がかっと強く光って、気づいたらよくわからないけどこうなっていた、と言った。口に出さなくても会議はできたので、まあとりあえず落ち着いて今日はうちに帰ろうということに決めたらしい。兄は母にへそくりの場所を、わたしは父に今年の特撮ヒーローの必殺技の名前を質問した。質問者と回答者しか正解を知らない類の問いである。確認の儀式はそれだけであっさりと済み、車を運転する人がいないので電車で帰った。
 オクラは味噌汁の中にあっても輪郭を保っていてえらい。われわれ家族もはたから見ればそんな感じだろうか。父と母はもともとタッグで絵と文をかく児童文学作家だったので、特に仕事には支障はなかった。担当さんとかそういう人たちもふうんと言っていた。いま「麻婆茄子、ちょっとピーマンが生っぽかったね」と言ったのは母で、「でも野菜は生でもおいしいよ、歯ごたえもちょうどいいしみずみずしいから」と言ったのが父だ。それを聞いて兄ははにかんでいる。わたしは今度は麻婆豆腐の入った器を角度を変えながら覗きこむ。豆腐は白いので照り返しがきつくない。もう空はほとんど赤くなくなっていた。
 わたしたち家族はいまはみんな子どもで、だけどたぶんずっと子どもではないだろう。まあでも万事そういうものである。諸行無常というやつだ。ほどよく柔軟でいる方がたのしい。遊園地に置いてきた車は、ばたばたしていて結局ほったらかしにしてしまった。それからあのとき兄が買ったキーホルダーはわたしの鞄に、わたしのは兄の鞄にぶら下がっていて、歩くと揺れる毎日である。
スポンサーサイト

[edit]

PAGE TOP

水が産む水、魚になれない魚

ラパヌイの海の水


今そばに居るひとが好き水が産む水のようだわわたしたちって  東直子『青卵』



先日、『セレクション歌人 東直子集』を購入して、読んだのですが、
自分の琴線にもっとも強いちからで触れてきたのが、この歌でした。

うまく魅力を説明できないけど、すっごく好き。
なんだかわからないけど、妙に心にひっかかる。
僕の詩歌観では、そういう作品が理想です。
(それは読み手としてか、作り手としてか、両方か、と聞かれると、うーん、ですが)

人によって、「よくわかんないけど引かれる」ポイントってあると思うんですが、
上の歌で言うと僕の心に引っかかったポイントは、「水が産む水」のとこ、なような気がします。

ちょっと思い切って抽象化すると、「イメージの純化」に、僕は弱いみたいです。

上の歌を読んで、思い出したのが次の歌でした。
-- 続きを読む --

[edit]

PAGE TOP

表現について思うこと

 小説家になるということはすばらしいことのように思っている人がたくさんいるけれど、ほんとうは自分の心の中のかすかな醜さまで見つめなくてはならない、たいへんいやらしい仕事だと思います。
 現世で生きづらい人ばかりが小説家になるような気がします。頭の中が妄想のようなものでいっぱいになり、目の見え方もおかしくなってきて、そして初めて人はそれを放出するのだと思います。蓄積があって、必然があって出てくるのです。
 よしもとばなな(森博嗣『ナ・バ・テア』中央公論文庫、解説より)




僕は小説を書かなくて短歌なわけだけれど、ばななさんの言うとおり、とつくづく思う。
というか、今まさに生きづらさを実感している真っ最中で、そうなると感覚が研ぎ澄まされて、
新しい歌が出てきたり、歌の推敲が凪いだ心でできたりするのです。


結局、ここ3日ほど、心身ともに引きこもっています。
やっぱり新生活始まって二週間、疲れが出てきたのと、
いまさらに旅の終わりを実感し、現実の重圧が身に迫ってきたため、かなぁ。

けれども、多少言い訳めいてしまうのは仕方ないけれども、
歌を作るのって逃避じゃなくて、現実とまた向き合うためにやっていることだと思うのです。

たぶん、小説家も詩人も音楽家も、おそらく画家も、心のどこかが欠けていて、
あるいは満たされない思いを抱えていて、あるいは癒えない傷を抱いていて…
そうしたなんらかの動機づけ、彼または彼女を表現に駆り立てる狂おしいほどの力、
それがあってこそ表現しているのだと思います。

多かれ少なかれ、表現しないと生きていけない。
そうした、どこか歪んだところを持つ者が表現者なのではないでしょうか。

常日頃、意識的あるいは無意識に感じている生きづらさのようなものが、
ふとした瞬間暴れだそうとして、それをなんとか制御して一つの方向性を与え、
なんらかの形に結実させることを、表現と呼ぶのではないでしょうか。

その切実さの具合が、表現として生み出されたものの確かさや信頼度を裏付けるのではないでしょうか。


少なくとも、僕の表現者としての自意識は、こうした考えの上にあります。


…さっきから、~でしょうか、って言い過ぎじゃないでしょうか。


つぶやいてみたらなんとなくすっきりしてきたので、明日からまた無理のないレベルで日常にもどろうかと思います。
ふう。

[edit]

PAGE TOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。