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付箋とはぐちゃんとルーズリーフの行方

でも兆候で死ぬものでもないだろう、人間は。
  (川上弘美『古道具 中野商店』新潮社 p.169)



 3年ぶり2回目の休学というカードを切りました。10月から実家で暮らしています。もうちょっと大学生します。潜伏期間です。けっこう居直りが板についてきたなと自分では思ってます。
 なんだか急にだばーっと書いてしまって、せっかくなので載せます。あとから恥ずかしくなったらこっそり非公開にもどします。
 
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浮上、うたう、不全。うたう。


 「でも、星が話してくれたことを、友だちに話してあげるのはかまわないんでしょう?」
 「それはいいよ。だができないだろうね。」
 「どうして?」
 「それを話すためには、まずお前の中でことばが熟さなくてはいけないからだ。」
 「でも話したいの、なにもかも!あそこで聞いた声を、うたって聞かせられるといいな。そうしたら、なにもかもまたよくなると思うわ。」
 「ほんとうにそうしたいのなら、待つこともできなくてはいけないね。」
 「待つなんて、わけのないことよ。」
 「いいかね、地球が太陽をひとめぐりするあいだ、土の中で眠って芽を出す日を待っている種のように、待つことだ。ことばがお前の中で熟しきるまでには、それくらい長いときが必要なのだよ。それだけ待てるかね!」
 「はい」とモモはささやくようにこたえました。

 ミヒャエル・エンデ/大島かおり訳『モモ』(エンデ全集3)岩波書店,p.246-247




 前の前と、そのまた前の週末のことがあって、なんだか区切りくさいなあとか考えていたらいつの間にやら23歳になっていました。最近ほんとうに生きてきてよかったなーって思います。思えるようになってよかったなー、とかなんだかまだちょっと自分のことじゃないみたいな感じもしているし、それから油断は禁物だし、あと楽観ばっかりしていていいわけではないのだけれど、まあでも確実に水面近くまで浮上してきている感じです。ぴーす。

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

 6月の13日には『京大短歌』16号の批評会があり、自分の作品のこと作歌態度のことこれからのこと、改めてきちんと向き合おうと思った。OBさんと話せたのもすごく嬉しくて、ああこの詩形でもがくことは、単純に日々に苦しみがさらにのしかかるだけではないのだなあとしみじみ。

 20日には吹奏楽団のサマーコンサートがあり、はじめて奏者でもスタッフでもなくお客さんとして観にいったのだった。なんだか気持ちの上で割とすとんと整理がついてしまった感じで、そういう心境の変化というか楽器を吹くことへの執着が丁寧に均等にのばされてうすめられていってしまっている、その一区切り。もちろん距離と時間のせいなのだけれど、その距離と時間をいちもにもなく寂しいと思わないようにまでなってしまったみたいだ。

 このふたつが直近にあったのは割と重大なんじゃないかって気がする。大げさだけど儀式、というか通過儀礼のよう。
 じゃあそれを経て今はどうかって言うと、いい短歌をこれからたくさん作りたいなあ、ってわくわくしています。楽器への未練はないわけじゃないけれど、一旦は離れるっていうこころの準備ひとまず完了、かも。


゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

 考えてみれば、大学に入ってからこっち、「うたうことの不全性」について折にふれて思ってきたのだった。

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walking on(ときどきdiving or crawing)

 いつの間にか、前髪が目にかかるくらい伸びていた。今は大丈夫でも、帽子を被ったら邪魔だろう。
 切ろう。
 剃刀をビニルから出して。
 水が流れている。
 湯気が上がっていた。
 お湯になったようだ。
 変な水。
 媚びている水。
 剃刀を右手の指で持ち、鏡を見ながら、前髪を少しずつ切った。
  (森博嗣『ダウン・ツ・ヘブン』中公文庫、p.251-252)



 一昨日に角川短歌賞への作品50首を送り出した。
 今回の連作はもともと昨年の秋に歌壇賞(30首)に出しかけたものの、でも自分で納得がいかなくてやめて、半年以上ずーっと育ててきたものだった。できることはやったし、仲間内で批評してもらっていろいろ気づけたし、でも譲れない部分は譲らないで、いまの自分が一番納得できるかたちになったと思うのでよかった。
 定形外の大きな封筒を郵便局の係のひとに渡して、身を乗り出してカウンタの向こうの消印の日付を確認して(昨年、短歌研究新人賞に出したときは「これ今日の消印つきますよね?(おろおろ)」と訊ねたっけか)、行ってらっしゃい!楽しんでおいで!って送り出した。

 今回の連作には何回も何回も深く深く「潜った」のだけれど、締め切り前日に喫茶店での読み直し、最後のダイブのときなんか、周りが水というよりもうなんだか空気みたいな感じがして、当たり前にからだに50首、沁みこんでしまった。瑕はいくらでも挙げられるけれども、作品それ自体も、費やした時間も思いも愛おしいし、基になった種になった苦い若い辛い経験にも行き場のなかった思念にも、ようやくひとつの区切りをつけられたかなって感じでほっとしています。

 自分の手で大掛かりな憑き物落しを、自分に対してようやくなんとかこなし終えたので、次の日は一日眠ってしまった。
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途方に暮れている暇

 私の形をくりぬいただけの世の中なのに、どうしてだかうんと淋しく見える、たとえ短い間でも、やがて登場人物はいずれにしても時の彼方へみんな消え去ってしまうとしても、そのスペースがとても、大事なものみたいに輝いて見える。
 まるで木々や太陽の光や道で会う猫みたいに、いとおしく見える。
 そのことに私は愕然として、何回でも空を見上げた。体があって、ここにいて、空を見ている私。私のいる空間。

 よしもとばなな「あかあさーん!」/『デッドエンドの思い出』(新潮文庫)所収、p.111


 4月ももう下旬らしい。いつの間に、という感じはあまりしないし、息苦しくって時が経つのが遅い感じもしない。今回こそはと、おそらくいまの状態のじぶんにベストな力の入れ方で臨んだ新学期。なんとなーく思い巡らせていた「きちんと」の照準範囲から、まあはみ出すとしても片足くらいなもので、幸いにまだ大崩れしないままに日々が過ぎていっている感じではあるな。とは言えあくまでもここ二、三年の自分と比べて、ではあるのだけれど。
 平日をまるまる寝過ごす(ひどいときには1時寝・17時起きである)こと5回くらい。それでも音信不通と3日以上にわたるひきこもりは今のところ、していない。お米もまめに炊いているし。体調がすぐれないときには、因果関係にあたりをつけることが八割がたできるし(なにしろ、「なんだかよくわからないけどだるい」のが続くことほど面倒くさいことはない)。旅館で修学旅行生の食事の準備やら掃除やらのアルバイトもはじめたし。

 あとは自分予報と自己管理をどれだけできるかだな、いよいよ。

 と思っていたらば、今日も見事に寝過ごしてしまった。一昨日の晩になかなか寝つけず、昨晩はさみしいさみしい病にかかっていたことを顧みると、まあ必然の範疇ではあるけれど。

 明日は朝の6時からアルバイトなので早く寝てしまうことにして、仕方がないのでただいま、ちょっと途方に暮れてみている。
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デッドエンドじゃここはもうない

 樹海にはお菓子の家
 そんなのスキップ
 目指すはピンク色  (Cocco「花うた」)


 子どものころの日曜日の夕方、家族で一日を過ごした郊外のショッピングセンター(アピタ松任店である)からの帰途。ユーミンがリスナーからの恋愛相談の手紙を読み上げてそれに答える声がカーラジオから漏れていて、それを聴くともなく、だけどほかにすることもないので実のところけっこうきちんと耳を傾けたりしながら、オトナ達の心象世界を小さな穴から覗いている心地でいた。後部座席に、だけどやっぱり子どもであるので無防備に凭れて、世界を染めるオレンジから深い藍へのグラデーションをその身に受けながら、晩ごはんのことを考えて、すこし眠くて、ゆっくりとやすらかに呼吸をしていた。そのころのうちの車はちょっと褪せた感じの赤色だった。
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